9月30日 (金)
☆孫の誕生日☆
昨夜「ばあちゃん、ゆうきよ!きょうおたんじょうびだったんよ。覚えとる?朝の8時6分に生まれたんだって・・・」と電話がはいり、びっくり。忘れていたとも言えず、そこは抜け目のないばあちゃん、上手にかわしたが、孫にはきっとお見通しだったかもわからない。「土曜日に遊びに来てね、待ってるよ〜。」ということで電話を切り、そのあと、ゆうきくんの赤ちゃんのときの写真入の誕生日のメッセージをメールで送っておいた。
ママから8時6分に生まれたと聞いたゆうきクンは「それだったら生まれた時間は学校に行っとるねぇ」と言いながら登校して、8時6分になった頃、教室のみんなに「今、ゆうきが生まれたんよ」と言ってお祝いしてもらったそうである。ママからその話を聞いておかしくっておかしくって、そんな素直なゆうきクン、カッワイ〜〜ッ!
昨夜は反省しきり!昨日は友人とアートな一日を思いっきり楽しんで、大切な家族の記念日をケロッと忘れている自分がとっても怖いなぁ〜〜。 |
9月29日 (木)
☆中国三十三観音☆
9月24日、25日の二日間の観音まいりは自分やみんなにお土産をたくさん買った旅だった。度々旅行に出かけるので、最近はお土産は最低必要限にとどめていたのだが、今回は何故かあの人、この人へとお土産が買いたくって仕方がなかった。竹久夢二の生家あたりを通過するときは「夢二のちょっとうら寂しい貧乏臭い絵が大好き・・・」という友の顔が浮かび、早速一筆箋などを購入。各お寺では子供たちはじめいろいろな人の顔が浮かびお守り購入。亡き父や母、同居人の父にはお経文字の入ったお線香、良寛さんゆかりのお寺では自分用に便箋セット、一番札所の裸まつりで有名な西大寺では裸まつりの土鈴、などなど家へ帰ってからこまごまとしたお土産を一挙に並べて披露すると楽しかった。一つ一つはたいした金額でもないし、もらう方もショウもないものかもしれないが、まあ、買ったときの私の気持ちを受け取ってもらえたら・・・仏さんたちもお線香喜んでくれたかな? |
9月28日 (水)
☆十円手相のおじさん☆
昨日の愛媛新聞の朝刊“伊予路を行く”で十円手相の村上桂山さん(1905-1976)のことが載っていた。リヤカーを引き十円手相と書いた提灯が目印で、ロープーウェイ街や城山近辺当たりでよく見かけていた。学生時代友人とおそるおそるみてもらった手相。友人は映画館のようににぎやかな人、あなたは喫茶店のように静かな人・・・と言われた。当時の映画館は今と違い活気があった。そして喫茶店はムードのある落ち着いた学生の出入り禁止のところだった。社会人になってから、友人と再び手相を見てもらいに行った。学生時代とまったく同じ事を冒頭で言われ、私に向かって、「おいさんがお金持ちだったら嫁になんか行かさせん。ずっとおいさんの手元において一緒に暮らしてもらうのに。」と言われたがそんなこと言われても、現実とかけ離れすぎて・・・そして最後に和紙にすらすらと筆で書いてくれた言葉。『みんなに好かれてにんきもの日本一の親孝行天からかねが降ってくるたまのこし』
長い間ノートの間に眠っていたおじさんの書いてくれた言葉。数年前に額に入れて飾った。おじさんが書いてくれたように、人気者でもないし、特別親孝行でもないし、玉の輿でもないし・・・後は天からかねが降ってくるのを待つばかりだけど、一縷の望みをかけておじさんの言葉を死ぬまで飾っておく。でも、おじさんの言葉で当たっていたのは、私は結婚には向かない女だったのかもしれない・・・と結婚したときから思い続けていること。もし、おじさんが乞食のような生活をしていなかったらおじさんと一緒に浮世離れした生涯を送っていたかも・・・なんて考えていると、それもそれで人生また楽しい!
北条の友人もその昔十円手相のおじさんにみてもらった事があるらしいが『子沢山の肝っ玉母さんでこの人に任せておいたらなんでもやってのける』と言われたとか。彼女は3人のそれはそれはいいお母さんでおじさんのみた手相どおりの人生を歩んでいる。
今は亡き十円手相のおじさんをなつかしく思い出した一日であった。 |
9月27日 (火)
☆岡山市御津町☆
中国三十三観音霊場は岡山、広島、山口、島根、鳥取という順序でお参りする。まず最初の県、岡山を先日24・25の両日で駆け巡ったのだが岡山市内へ流れ込む2大河川吉井川と旭川を上下するかたちになった。吉井川をさかのぼれば有名な美作温泉。旭川をさかのぼれば津山へとたどり着く。私も何度も通過したことのある美しい河川を見ながらの快走路である。その旭川沿いの山間に御津町という集落がある。私はこれほど美しい集落にかつてお目にかかったことがない。金色の稲穂の中にこじんまりと人家が集まり、田舎道の隅々まで整然としている。走れども走れども御津町は美しいのだ。住民の日頃の心がけがこれほどまでに現れた町は珍しい。こんなところに住んでみたい・・・本気でそう思った御津町である。
昨日は自然の美しい御津町で撮影した彼岸花もいれて、『彼岸花とコスモス』のフラッシュを作った。観音霊場十ヶ寺もA4に一寺ずつ整理してプリントした。充実した一日だった。
※『彼岸花とコスモス』をUPしました。 |
9月26日 (月)
☆月下美人☆
24日の早朝から出かけたものだから昨夜一日遅れの24日の愛媛新聞に目を通していた。最後のほうのページの読者の投稿写真“月下美人”。すごく美しい写真だけど見た途端違和感。写真が上下さかさまに載っているのだ。月下美人を何年も、また年に何度も見続けているので写真の載せ方の間違いにすぐ気づいた。月下美人の花は鶴の首が持ち上がるように咲くのだが、掲載写真は鶴の首が下がりそうに載せてしまっている。こういう掲載写真の間違いは新聞社に連絡してあげるものかどうか、ふと迷った。
9月18日NHK趣味の園芸の月下美人。私のエピソードと写真2枚が冒頭で紹介された。紹介時間はあっという間だったがDVDに録画したのを繰り返しみた。番組の構成上、おたよりという形で紹介されたが、その数秒の為にNHK担当の方から7回もメールをいただき、連絡を取り合った。当日の放送を見逃した方から再放送の問い合わせがあったが再放送の日を私が間違って教えてしまい、失礼なことをしたと気づいたのは再放送終了後。今度会ったとき誤らなくてはいけない・・・なんて思いながらこれを書いている。我家の月下美人、今蕾が3個ついている。11月の初旬まであと2回は花と芳香を楽しませてくれそう・・・
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9月25日 (日)
☆中国三十三観音☆
昨日の早朝から急に思い立って中国三十三観音参りに出かけ、今日の19時帰宅。(中国と言っても中国地方、当たり前のことだけど・・・)西国三十三観音は皆さんもよくご存知だろうが、中国三十三観音は西国ほどはポピュラーではない。特別寺4ヶ寺を含む合計37ヶ寺のうち10ヶ寺をお参りしてきた。いずれのお寺もすごい。感動しまくり・・・その報告はまたぼちぼち。 |
9月24日 (土)
☆デジカメ写真の取り込み☆
昨日はゆうきクンの運動会。たった半周のリレーを望遠レンズで9枚も撮ったわ。ナイスショットが2枚。我ながら驚いた。
この写真にパソコン画面でお目にかかる前にもっと驚いたことがあった。カメラはキャノンのデジ一眼レフなんだけどいつもとまったく同じ手順でキャノンのソフトに取り込んだ。カメラの液晶には処理中のマークが点滅しているのに待てども待てども音沙汰ないの。パソコンの電源を切り一からやり直してみても同じ状態。「エ〜ッ、またカメラかなんかの不具合?」うんざり!わけもよくわからないのにキャノンのソフトを全部パソコンから消して、もう一度ソフトを入れなおし・・・とにかくいろいろやってみたけど最初となんにも変わらない状態。まったくお手上げよ。でもそこからがえらかった。WindowsXPのカメラウィザードで写真を取り込むことを思いついた。マイコンピューターを開きカメラの絵を右クリック。カメラウィザードを使用して無事写真を取り込んだ。キャノンのソフトで取り込むよりも処理速度が速かった。カメラの故障でもなかったし、写真も無事取り込めて、ゆうきクンのナイスショットにもお目にかかれたし、とりあえず一件落着。
キャノンのソフトが動かなかった心当たりが一つだけ浮かんだ。22日の晩、キャノンからメールでソフトを新しいバージョンにするよう指示がありそのソフトをダウンロードしたから、ひょっとしてそれの不具合だったのかも・・・心に余裕?ができたときキャノンのソフトに再び挑戦してみよう。
パソコンなどに手をつけなければこんなドキドキするような心臓に悪いようなことも体験しなくてすむのに・・・なんてトラブルが起こるたびに思うんだけど、“のどもと過ぎれば熱さ忘れる”で、何事もなかったようにまたパソコンに向かうから、「お産と同じね」、なんて一人で笑っている。 |
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9月23日 (金)
☆運動会×ネズミ・・・どっちが優先?☆
今日はいよいよゆうきくんの運動会。大きな小学校だから出番は・・・と、書き始めたのだけど、昨夜ネズミ逮捕したの。そのことも書きたいし〜〜〜やっぱりネズミの事、先に書こーっと!
きのうお出かけしていて、おうちに帰ってから着替えしようと部屋のドアを開けたの。するとドア開けたところのじゅうたんの上に何かゴミのようなものが散らばっている。手で触ってみると木くず。びっくりしてドアのソバの柱見てみるとネズミがかじっていた。部屋に閉じ込めらたネズミが、私の衣装部屋?から出ようと必死で穴を開けかけていたのね。2日前も朝パソコンのところの電気つけたらネズミがパソコンの上の本棚からするすると降りてきてびっくりした。最近パンとかかじられないのでネズミの事すっかり忘れていたのだけど、夜な夜な活躍しているらしい。昨夜同居人とテレビを見ていると押入れでカサカサ音がする。どうも押入れの中にもネズミが閉じ込められて居るらしい。そっと押入れのふすま開けると、やっぱり木くずが散乱している。ふすまの縁の木枠を押入れの中からかじっていた。こうなったらもう頭に角が千本よ。逮捕してやる〜〜〜!ふすまを5センチほど開けてその前にネズミ捕りホイホイを何枚も仕掛けたわ。電気を消して眠った振りしとこ。ほんとうの睡魔が襲ってきたころ、いきなりドサッ!同居人が布団から飛び出し興奮した声で「かかった!」。“あたり前田のクラッカー”私が仕掛けたんだもの、掛かるの当然よ!私はそばで余裕のニンマリ。まあ、とにかく足をかじられる前に逮捕できてよかったわ。おかげで昨夜はぐっすり眠れた。気分はルンルンよ♪
さて今日はゆうきクンの運動会。大きな小学校だから出番は少ないの。ママにプログラムもらって昨夜同居人とお話して、午後のゆうきクンのリレーに間に合うように出かけることにした。300ミリの望遠レンズつけてゆうきクンの走る姿撮影してくるわ。ママの小さい頃と同じ走り方するから、可愛くって可愛くって・・・ずっと走る姿見ていたいのだけどアッという間に終わっちゃうのよね。閉会式で校長先生の顔見るのも楽しみだわ。じつはね、妹の友達のご主人さんなの・・・
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9月22日 (木)
☆写経のせい?・・・☆
昨日は私のリレーの事を書いたから今日は下の息子のリレー。
息子が中学3年の時の運動会。クラス対抗リレーでアンカーに!勉強はできなかったけど自称スポーツマンだった彼にクラス全員の寄せる期待は大きかった。そこで運動会の前日、「リレーで一番になれるよう写経書いてあげようか・・・」と私。息子に笑い飛ばされるのが落ちと思いながら聞いてみた。意外や意外、息子は思いがけなく喜んで、「書いて!」。写経の最後の願文はもちろん、『リレーで一番になれますように・・・』
運動会当日、プログラムも終わりに近づきいよいよハイライトの学年別クラス対抗リレー。丸坊主のすらっと背の高いカッコイイ息子が登場した。だが、アンカーの息子にバトンが渡ったときは先頭と大きく引き離され2位。息子がどんなに頑張ってもトラック一周じゃあ足りないわ。それでも息子は必死に走った。あっ!先頭が転んだ。そのソバを息子が走り抜けリレーで優勝。クラス対抗の最後の総合結果もクラス優勝。息子にとって中学生最後の華々しい運動会にはなったのだけど・・・写経のせいで先頭のランナーが転んだのだったらこれは大変なこと!なんか気の毒で後味悪かったわ。
息子は家に帰ってからあっけらかんと「写経いうて恐ろしいなぁ〜」 |
9月21日 (水)
☆私のリレー☆
9月23日は孫が小学校に上がって初めての運動会。リレーの選手に選ばれているらしい。幼稚園のときから走るのが速かった。ママは陸上部で短距離選手だったからママ似かな?
我家は同居人を先頭に3人の子供は皆スポーツマン。運動会はそれぞれが花形で楽しかった。
その子供たちが通っていた学校は田舎の小さな小学校。子供の競技だけでは運動会の時間がもたず、地域対抗の大人の運動会なども一緒に行われる。その中に職域対抗障害リレーなんてのがあって、当時小学校のPTAの副会長をしていた関係で来賓の中に混じって無理やりリレーに押し出された。子供のころから走るのが遅かったからリレーの選手などとは無縁の時を40年近く過ごしてきたのに、いきなりたすきをかけてバトンよ!生まれて初めてのリレー・・・ちょっと照れくさかったけどバトンを持って興奮したわ。いざ走り始めると、平均台の上を走ったり、はしごをくぐったり、網の中をくぐったり、息切れ寸前。最後に待ち受けた跳び箱、みんな駆け上って越えていったけど、私の足は止まったわ。息子たちのクラス全員が「○○クンのおばちゃ〜ん、がんばれ〜〜〜」と恥ずかしいほどの大声援。声援に答えてやっと跳び箱をクリアーし次の人にバトンタッチ。これが私の情けないリレーデビューよ。デビューと言ってもあれからお声が掛からないから、最初で最後のリレーだったんだ!
運動会のずっと後、校長先生が「shizukagozenの子供さんは運動神経はお父さんに似たんですなぁ・・・」。そして近所の男性がご丁寧に運動会の時の私を何枚も撮影してくれていて、その写真をうちへ持ってきて「おまえ、意外と鈍いんじゃのう」ですって・・・写真なんて撮らないで〜〜〜と叫びたかったわ! |
9月20日 (火)
☆秋の彼岸☆
今日は亡き父の誕生日。生きていたら84歳になる。昨日の朝、久々に父の夢を見た。夢の内容も今回は鮮明に覚えている。父が墓参に呼んでいるのだろうか?9月23日秋分の日(お彼岸の中日)には里へ行こうと決めた。
今日9月20日は彼岸の入り。そして秋の彼岸は26日で終わる。お彼岸には『彼岸の入り』という言葉があっても『彼岸の明け』という言葉はない・・・その意味を初めて知った。あちらの悟りの境地を彼岸、私たちのいる煩悩の世界は此岸(しがん)と言われているが、お彼岸の本来の意味は悟りの境地に到達するということらしいから、そこからさらに明けてしまうことはないのだそうだ。彼岸を目指して煩悩の川を渡り続けるのが人の一生で、そういう意味でも明けはないのかもしれない・・・ということらしい。
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9月19日 (月)
☆敬老の日☆
義母が目覚まし時計が壊れたと言うものだから、昨日は座りがよく、時計の針が見やすく、目覚まし時刻の設定が簡単にできるものをという基準で目覚まし時計を買いに行った。目覚まし時計など長い間買ったこともなかったので最近の時計を知らなかったのだが、電波時計というのが手軽な値段で陳列棚に並んでいた。10万年に1秒の誤差のすごい時計。これならばあちゃんが生きている間絶対誤差なしだ(笑)。目覚ましの時刻あわせを触ってみると簡単操作。ということで義母にうってつけの時計をGet!
昨日は息子たちが「明日は来れないから・・・」と敬老の日のプレゼントを一足先に義母に届けに来た。目覚まし時計を見た息子の言うことには「子供は親に敬老の日のプレゼントはするものじゃないらしいよ。」というものだからびっくりした。それは初耳。時計、敬老の日のプレゼントにしようと思っていたのに・・・敬老の日になる前にあわてて昨夜目覚まし時計を渡しておいた。
やっぱり何度考えても息子の説が腑に落ちないので帰った後ネットで調べた。国民の祝日の“敬老の日”に関する法律では『多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日』となっている。子も、孫も、皆でお祝いしてあげるのが敬老の日。今度息子に会ったらきちんと教えておかないと・・・ 今日は娘たちもばあちゃんに会いにくるそうである・・・ |
9月18日 (日)
☆仲秋の名月☆
今日は旧暦の8月15日。仲秋の名月である。旧暦では7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋と呼んでいたことから今日の旧暦8月15日の月を仲秋の名月というようになったそうである。昨日も玉川の山をドライブしていると、ススキを採りに来ている夫婦連れを何組も見かけた。今夜のお月見の準備だろうか。つぶやきを書いている時間、ただいま午前4時、月齢14である。今日の午前11時ぐらいが正確な満月の時間らしい。今夜私たちが仲秋の名月にお目にかかれる時間は18時30分ごろ。
星空指数は80、まずまずの天体観測日和のようである。
2年前の仲秋の名月の日に高知県桂浜へ月を見に出かけたことがある。なんと桂浜がススキの原?砂浜にススキの穂をいっぱい植えて観月会が催されていた。紅白の宴幕も張り巡らされて、雅楽の演奏などもあり、それはそれは風情があったのだが肝心の月が・・・待てども待てども・・・太平洋や曇り空とにらめっこ。なんてこともあったっけ!
『月々に月見る月は多けれど、月見る月はこの月の月』
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9月17日 (土)
☆実録鬼嫁日記☆
きのうT先生からのメールで“鬼嫁日記”がテレビドラマで茶の間にお出まし・・・ということを知った。鬼嫁日記は今年の2月にこの“つぶやき”でも紹介したことがある、人気沸騰のブログである。アメーバブログから飛び出して、アメーバ出版で本にもなり、そしてとうとうテレビドラマに。キャストがまた最高。情けない亭主役にガレッジセールのゴリさん。鬼嫁に私のだ〜〜い好きな観月ありさちゃん。
聞いたとたんにあまりにもはまり役で吹き出したわ!ありさちゃんは皆もおなじみの“ナースのお仕事”ですんごく面白かったから鬼嫁も地でいけそう。ゴリさんもあのキャラクターだから、演技しなくても情けな〜い顔が板についてる。10月11日から始まるらしいから、秋が来るのが楽しみだわ〜〜〜!
そこで昨日は1時間ほど“鬼嫁日記”読んでみた。そうとう面白い。一人で読みながら笑いが止まらなかったわ。特に『ようこそ広島へ』のとこ・・・一人でも結構楽しく笑えるんだ〜〜なんて思いながら思いっきり笑ったわ。ニタニタじゃないのよ、声だして笑った。読んでいるうちに私もこの鬼嫁にな〜んか似ているような気がしてきて。ひょっとしてあなたも心当たりがあるかもよ!とにかく面白いから読んでみて!
人気ブログ 『実録鬼嫁日記』
それとテレビのサイトはこちら http://www.ktv.co.jp/oni/
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9月16日 (金)
☆NHKK趣味の園芸・月下美人☆
8月末、月下美人について、“趣味の園芸”を担当されている方のアンケートに協力をしてから(9月2日のつぶやきに書いた)10日ほど経って、担当の方から、「栽培のきっかけ、開花したときの楽しみ方、花の写真などお送りいただくことは可能でしょうか?」と再びメールが来て、それに対して返信すると、写真とエピソードを番組内で“おたより”という形で紹介してくれることになった。番組の中のほんの数秒のことの為に、担当者の方からご丁寧に何度もメールを頂いた。一つの番組を制作する手間と気遣いは想像をはるかに超えている。
というようなことで以上のような過程を経て9月18日放送のNHK教育テレビ 『趣味の園芸・月下美人』
08:35〜09:00のワンシーンに私の送った写真とエピソードが流れることになった。時間があれば見てね。写真は一応3枚送ったんだけど、どの写真が使われるかわからない・・・・そうそうもし人物の写った写真がテレビで映っても、私は写っていないから余計な気は回さないように(笑) |
9月15日 (木)
☆マッタケ三昧☆

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一昨年秋、下の孫が幼稚園に行き始めて、娘にもやっと自由な時間が数時間取れだし、よく頑張っている日頃の労をねぎらうつもりで誘った食事“ゆめの野”の松茸コース。秋の味覚を堪能した。
昨秋は父の入院で食事どころではなかったので誘うことができなかったが、昨日のお昼、急に思い立って娘を食事に誘って再び“ゆめの野”の松茸コースを食す。先付けから始まり最後の水菓子まで全12品。すべて松茸が使われ松茸三昧。いったい何本分食べたんだろうね・・・と言うくらい出てきた。焼き松茸も大きな松茸がそれぞれに一本。「松茸食べた〜〜〜」という感じ。「もう今年の秋はこれで松茸料理は結構ですわ。」というくらい松茸の匂いが鼻についた。あれだけの松茸が出て一人5000円とはそうとう安い。というようなことで昨日は五感で秋を満喫してきた。 |
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9月14日 (水)
☆書くことがない。。。☆
すらすらつぶやきが書ける朝もあるけれど、まったく書くことがない朝もある。今朝はお手上げよ!
韓国ドラマ三昧、おやつの時間は一日何度も・・・そしてこれじゃあいけないなんて思い直しパソコンに向かってほんの少しだけお勉強・・・なんて、不真面目な昼間の生活のこと書けないし(笑)
最近パイロゲンという健康飲料に凝っているの。以前はもろみ酢毎朝飲んでいたんだけど、これに代わっていろいろな種類のお酢と、FFCという特別な水の入った健康飲料。どこがどんなにいいのかわからないけど、買ったから飲んでる。その健康飲料を用いた1000倍水に野菜を浸けておくと野菜に浸み込んだ消毒液が抜けて、野菜がいきいきして長持ちすると教えられた。無精者の私が、最近これやっているの。買い物から帰ったら、野菜はすぐこの1000倍水に浸け込む。レタスなどの葉物は10分。キュウリ、ピーマンなどの果肉の厚いものは20分。ゴーヤも、大根も、人参もナスも・・・そして果物も。とにかく消毒だらけのものは全部このパイロゲンの水に浸ける。こうして処理したものを冷蔵庫に保存するんだけど、驚いたことにほんとうに野菜がいきいきしてる。そして夕食時このピンピン野菜を使って料理しているとまじめに主婦しているって感じ・・・で自己満足の世界。そうして作った晩御飯を同居人は「おかあさんの作ったものは何でもおいしいねぇ・・・」といって、豚のように食べてくれる。ホントどんなに作りすぎたとおもっても、残すということができないの、うちの同居人は。動けないほど食べて、ものの30分もしないうちに「梨むいで〜〜」だから、豚も顔負けよね! |

9月13日 (火)
☆我家の彼岸花☆
赤でもなく、白でもなく、黄色でもなく・・・我家にはピンクの彼岸花が咲く。今年は9月11日に一輪目が開花。庭の片隅に見捨てられた鉢からこの時期忘れずに芽を出して我家にも彼岸花が咲くことに気づかされる。茎が伸びてきてあわてて日の目を見せてあげるのだから、彼岸花も苦笑い。次々と芽が出てきているから、鉢の中の球根もかなり繁殖して窮屈なことだろう。
9月11日、R11を四国中央市方面へドライブ中、田の畦のあちこちに真っ赤な彼岸花が開花し始めていた。「もう、そういう季節になったんだ。今年こそ、彼岸花の写真を撮らなくては・・・」。頭の中に彼岸花の群生とノリコ姫の顔が浮かんだ。夏日から少し遠ざかりはじめたのでご近所のノリコ姫を誘って彼岸花の撮影に足を伸ばしてみようか・・・ノリコ姫の嬉々とした顔が浮かんだ。
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9月12日 (月)
☆プラネタリウム☆
昨日は孫たちと四国中央市(伊予三島)の翠波高原と新居浜の愛媛総合科学博物館のプラネタリウムへ行ってきた。
翠波高原は本当なら今はコスモスの最盛期だが、あいにく先日の台風14号のせいか、まったくコスモスは咲いていなかった。山頂に備えてある無料の双眼鏡で、金砂湖などの風景を楽しみ、その後、「かはく」のプラネタリウムへ。ここはギネスにも認定された直径30メートルの世界最大のドームのプラネタリウムということである。だが、まず入場して心外だったのは空気の循環が不十分で、においの残った不快な空気のよどみは息苦しかった。やがて、幻想的な天体ショーは始まった。シートをリクライニングして観賞するのだが、ドームが広すぎて見渡しきれない。まあ、実際の夜空でも首をあちこちまわさないと見渡せないからそれと同じ感じ。天の川の話。夏のしし座流星群の話。話の展開がまどろっこしくて、輝く星にもインパクトがなく、だんだん退屈に・・・途中寝ていた。ショーが終わると隣の同居人も寝ていたので起こした。小学生の孫は爆睡していた。孫の事を笑っていると近くに座っていた若い女性も大爆睡。ショーの内容はともかく気持ちよく眠れて癒しの効果はそれなりにあったのだろうか(笑)。空気の循環がもっとよかったら、快適に眠れたのに・・・
プラネタリウムで見上げた夜空も、我家から見上げる夜空も、たいして変わりはなかった。いや、それ以上に我家から見る夜空のほうが星の輝きも美しく、当然空気も澄んでいる。そういうことがわかっただけでも昨日のプラネタリウムは値打ちがあったのかも・・・
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9月11日 (日)
☆パソコン考☆
金曜日の夜、近所のHさんから電話。
「5年近く使っていたパソコンが4日くらい前から壊れて、もう買い替え時かもわからない。もう、歳も歳だし、インターネットとか、それほどすることもないから買い替えをやめようかとも思っているの・・・。あなたにパソコンを強く勧めておきながらねぇ。」
今から数年前Hさんの強い勧めで、まったく乗り気でなかったパソコンに手をつけた私。T先生も紹介してくれて、今ではすっかりパソコンの虜になって現在はパソコンのない生活など考えられない。私はパソコンを購入して4ヶ月目でWindows
Meから当時出たばかりのソフトWindowsXPに入れ替えて、パソコンの速度も速く、簡単な機能で写真の取り込みもでき、快適パソコンライフを送ってきた。HさんはソフトもWindows98で昔のまま。ネットをするにも時間がかかりなかなか出てこないらしい。これでは楽しさどころか、かえってストレスが溜る。パソコン意欲減退のHさんに昨日は我家に来てもらって、17インチ液晶の画面の見やすさ、そしてネットにつながる速度、それとパソコン内のファイルの開く速さ、いろいろ体験してもらった。「今のパソコンはソフトもXPが入っているし、買い替えついでにデスクトップサイズも17インチにしたら、楽しくパソコンができるよ・・・」と勧めてはおいたのだがどういう決断をくだすのだろう?
パソコン相性度チェックしてみる?私は70%だった。でも、迷っている回答を一個変えると80%?
※パソコン相性度チェック |
9月10日 (土)
☆買い物☆
昨日は砥部の美容室の帰り道、久々にダイエー南松山店に寄っみた。フォークス応援セールで各所に10%OFFの赤い張り紙。2階の婦人服売り場。ここも大盛況。10%OFFは当然ながら、今ついている値段から3割引だの、2割引だのがうようよ。エスニック風の長袖のブラウスなど、2900円の値段が700円に下がっていて、オマケにそれの3割引。当然買ったわ。店内を歩いていると壁際の隅っこのお店。入り口の商品がなんと定価の7割引。複雑な切り替えのデザインの秋色スカートも7割引。試着すると私の身体にピッタリ。同じデザインで色合いが微妙に違うスカートも隣に・・・どちらの色合いにしよう?どちらか一つを選ぶことができず、結局考えるのが面倒になって2枚ともお買い上げ。これって私の性格。どちらにしようかと迷った場合はたいてい両方買う・・・ 娘の顔が突然浮かんだわ。堅実な娘は絶対こんな買い方はしないだろう。私の性格に似ていなくてよかった!
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9月9日 (金)
☆蓮筆と大賀博士☆
坂村真民さんの著書、『遊筆・遊心』の中のすばらしい墨の書と文の中から『蓮筆』に興味を引かれた。蓮の茎を乾燥させて作った蓮筆で書かれた直線の筆のかすれ具合がなんとも風情がある。その文中の一説に「写経をされる方は、蓮筆で書かれたら蓮の花のお好きなお釈迦様だから、どんなにかお喜びになることだろう。」と書かれてあった。また“蓮と共に60年”で有名な大賀博士が病床に臥しているとき蓮筆で書いた『念ずれば花開く』と言う色紙を送ったが、届いたころは意識不明で見ていただけなかった事なども書かれてあった。大賀博士は昭和26年千葉市の泥炭層から3粒の2000年前の古代ハスの種を発見、そのうちの一粒の開花を翌年見事成功させた人である。2000年の時を超えて開花したハスは国内はもとより世界各地に分植され、私たちに生命の神秘という夢とロマンとを与えてくれている。坂村真民さんと大賀博士が蓮筆で繋がった。
蓮筆は何の造作も工夫も要らないが一番大事なのは取る時期らしい。大気の締まった氷の張り詰めた時期の枯れ果てた茎、凛としたものが伝わってくるものがいいらしい。私も是非一度は蓮筆で写経を書いてみたいと夢の蕾がまた一つ・・・
古代ハスは博士の名を取って大賀ハスとも呼ばれている。大賀博士の夢は松山考古館でも開いた。博士の夢の実現をもう一度見ていただけたらと思う。 |
9月8日 (木)
☆三日月☆
昨夜は月齢3・7の三日月。新月、二日月、そして三日月・・・新月から数えて三日目の月が三日月。弓なりの月を何でも三日月と言うのは間違いよ。三日月と呼ばれる月は一ヶ月に一度しかないの。ちなみに今夜の弓なりの月は四日月。また、三日月は眉月、若月、初月、虚月、織月・・・などとも呼ばれるんだけど、ここには書けない難しい漢字の異名もたくさんある。
これから18日の十五夜、満月に向かって段々満ちてくる月を見るのは希望も満ちるようで心がそわそわする。そうそう、昔は三日月は先の鋭い形から霊力があると思われていたそうよ。人類はロケットで月へ行くようになったけど、地上から見上げる月はやっぱり神秘的でなぞめいて美しい。
昨夜は南西の空に月と金星が接近。
上の写真は望遠100ミリ、下の写真は望遠300ミリで18時50分撮影。
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9月7日 (水)
9月6日、きのうのことよ。超大型の台風14号夕方から翌朝にかけて四国直撃・・・の予報に早朝から家の雨戸を全部閉めて、停電しないうちにと午前中に夕食準備完了。もちろんご飯も炊いた。雨戸を閉めた薄暗い部屋で、テレビの台風情報をずっと聞きながら一日むさくるしかったわ。台風はゆっくりと九州を通過するものだから、九州は記録的豪雨で大ごとに。宮崎も、鹿児島も・・・これらの地方へほんとうなら9月10日から3日間旅行に行くはずだった。10日ほど前、旅行社から「人数が10人しか集まらなかったためこの旅行は中止になりました。」と連絡があった。知覧、霧島温泉、宮崎の馬の背、高千穂とお気に入りの場所への旅行だったのに、幻の旅行に終わってしまった。今思えば、旅行中止になってよかったのかも・・・浮かれた気持ちで九州を訪れるのは台風通過直後のこの時期とっても不謹慎なような気がして。
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9月6日 (火)
昨日は溜まって気になって仕方なかったデジカメ写真を9月4日の分まですべてCDに取り込んだ。そのあとCDのラベルを10枚作成。延び延びになっていた作業が終わりほっとした。
2002年1月3日、讃岐の金比羅さんの初詣がデジカメ初撮りで、自宅へ帰ってパソコンに取り込んで写真を見てびっくり。腕がいいのか?カメラがいいのか?それは驚くようなできばえの写真ばかり。あの日以来すっかりデジカメラマンに変身してしまった。そしてあれからコツコツ撮りためた写真がCDに20枚。そして今年3月購入の一眼レフデジカメで撮影の写真がCD9枚。なんと合計29枚ものCDに入るほどデジカメ写真を撮っていた。写真の入ったCDは今や私の宝物。
8月末、映画『四月の雪』の試写会上映のため韓国からヨン様が来日した。そのフィーバー振りは以前の来日の折から醒めるどころかますます盛り上がり、ヨン様スマイルも絶好調。ヨン様追っかけの奥さんを持つ旦那さん。「身も心もお金も持っていかれますわ!」とグチっていたが絶対浮気の心配のない相手だから、暢気にこんなこと言っていられるんだろう。
同居人もヨン様ならぬ写真に夢中の私を見て、「身も心もお金も持っていかれますわ!」と心中穏やかでないはず!まあ、ヨン様の追っかけに比べれば安いものよ。
今日は台風14号が直撃ということになりそうだ。時速10キロと非常にゆっくりと通過するため、怖い時間も長引く。雨戸を早めに閉めて台風に備えなければ・・・こわいな〜〜。 |
9月5日 (月)
今朝は2時ごろから起き出して、つぶやきにも手をつけず、“北条海岸物語”を仕上げた。
昨日はこの海岸物語にどうしても取入れたかった北条鹿島沖の夫婦岩、モンチッチ海岸そばの立岩川河口で遊ぶシラサギを一眼レフデジカメに300ミリの望遠レンズをつけて撮影してみた。お天気の悪さの割にはまずまずの写真が撮れたと思う。同居人が「写真にはまったら金が掛かるぞ!」と言っていたが今度は広角レンズなど一本あると便利かしら・・・なんてひそかに考えているんだけど、実際問題として、標準レンズ、望遠レンズ、マクロレンズと今持っている3個のレンズだけでも付け替えが割合手間なのよね。広角レンズが増えたら4本のレンズ使い分けで写真撮影が苦痛に変わったらいけないからやっぱり買わないほうがいいのかも・・・
※北条海岸物語 をupしました。 |
9月4日 (日)
☆台風のつめあと☆
台風14号が接近中。西日本新聞の見出しでは『台風14号の勢力「カトリーナ」級 米軍解析「最大風速66メートル超」』と載っている。ここらあたりも明日5日の午後から暴風に翻弄されはじめ、6日の午後9時には台風の真っ只中。今から恐々としている肝の小さい私である。だって、屋根瓦がずれようものなら、また同居人と屋根の上に上がり、瓦修理。瓦がずれるだけならまだ直しようもあるけど、吹き飛んで割れでもしようものなら、うちの瓦の代えはたやすく手に入らないわ。だって、S字瓦でも徳島から取り寄せた焼付けの瓦だから、難しいと思うの。
昨年の9月7日、宮島の厳島神社を破壊した台風18号。なんとなく覚えているよね。その宮島近くの海の見える高台に素敵なおうちを建ててすんでいたKさん(Kさんは平成15年11月亡くなったんだけど)。ご主人さんの報告によるとあの台風18号で釘止めにしていた屋根が土台ごと吹き飛ばされて、厳島神社状態。この際息子さん夫婦と同居するため、家を新築中と昨年11月電話の向こうでお話されていた。Kさんはお金持ちだから建て替えなんぞできるけど、私んちは屋根が飛んでも即建て替えと言う具合には簡単にいかないわ。
だから、ただただ「たいした被害もなく通り過ぎますように・・・」とひたすら拝みたおしているより他、手がないの・・・ |
9月3日 (土)
☆団塊の世代☆
昨日、母の月命日で里へ行く道中のラジオの話。
団塊の世代の事が話題になっていた。
この“団塊の世代”という言葉を作ったのは堺屋太一さん。
団塊の世代とは一体どの年代ぞや・・・と思いきやなんと私がまさに団塊の世代真っ只中。
昭和22年4月1日から昭和25年3月31日の間に生まれたものが団塊の世代らしい。太平洋戦争に行った男たちが敗戦で帰国してどっとばかりに大量生産のように生まれた子供が私たちと言うわけ。ベビーブームと言われ、男子生徒は先生にしっかりしないと男が多いのだから結婚相手が居なくなるぞ、女子は女らしくしないと嫁の貰い手がないぞ・・・なんて、受験から就職、結婚まですべて競争率の中で生きてきた。頑張って就職したものの高度成長の波が突然はじけ、バブル崩壊という思いがけない経済の大異変に巻きこまれ、リストラの対象に一番の白羽の矢が立ったのも団塊の世代。私たちは生まれたときから結構厄介者だったのだ。2007年にはその団塊の世代がいっせいに定年退職を迎え年金受給者となる。さぁ大変。年金積立額が足りない。そこで年金受給年齢の引き上げ、年金受取額減額という案が簡単に通ってしまった。私たち死ぬまでベビーブームの荒波でもまれる運命。さて、この次は団塊の世代に世間は何を要求してくるのだろうか?一日も早くあの世へ行きなさい・・・なんて事になりそうで、そういわれると俄然頑張るのが団塊世代のおばさんパワー。一日でも長く生きてやる〜〜っ! |
9月2日 (金)
昨日は不快指数が最高!と感じるくらい苦しい一日だった。気温32度とのこと。
9月1日は映画の日で割引料金だから“奥様は魔女”でも見に行こうかと朝のうち考えがよぎったのだけれど、さすが3日続けての映画観賞は断念したわ。あんなに不快な一日になるのなら、やっぱり映画館に行けばよかったと夕方になって思っても後の祭りよ・・・うだるような暑さでパソコンの前にも座る気にもなれず、結局韓国ドラマ三昧ということになった。
一昨日の夜は月下美人の開花日統計をされていた方からNHK趣味の園芸で9月18日“月下美人”を放送するので、趣味の園芸担当者様まで2つの質問の回答をお寄せいただきたいとメールが入る。2003年に集計をしておられた方のHPへ初めてアクセスし、我家の月下美人の写真なども載せていただいたことがあったが、突然のメールで驚いた。昨日はNHKの担当の方からも早速アンケート回答のお礼のメールなどもあり、瞬く間に情報が駆け巡る世界はすごいものだと実感したしだいである。我家の月下美人も勢いが悪くなっているので、育て方など勉強するために9月18日放送の月下美人は是非録画しておかなくてはと思っている。
孫たちも新学期が始まり元気でそれぞれの場へ戻って行っただろうか?9月は運動会などもあり、おばあちゃんのお出かけもますます多くなりそう・・・ |
9月1日 (木)
9月は夕日がもっとも美しく見える月。夕焼けが窓を真っ赤に染め、私を誘い始めると居ても立ってもいられなくなり夕食準備をほったらかしてカメラを持って外へ飛び出すんだから困ったものである。外と言っても我家の前だけど・・・
陽のしずんだ後の名残の茜空、茜雲も美しく、梶光夫の“♪茜の空に雲ひとつ見上げて風の冷たさがしみじみ僕を泣かすのさ〜〜♪”なんて昔の歌が思わず口をついてでて・・・
この歌詞って『青春の城下町』だったっけ?それも1番と違うのよね。多分2番か3番。
その梶光夫さんは今はジュエリーデザイナーとしてすっかり定着してしまった。松山全日空ホテルで宝石の展示会があり(これは毎年開かれている)、友人の宝石商から招待状が届くのでお付き合いで顔見せのつもりで出かけていったら梶光夫さんにお目にかかった。初対面の人にはシャイな私が一対一でお話もしたのよ。当然宝石の話だけど。もう十年くらい前の話。
昨日も友人と話したんだけど、今はファッションよりカメラのほうが楽しくて、デパートへ行く回数も激減したし、当然宝石などの興味もすっかり失ったわ。リウマチの為に様変わりした手にきれいな指輪が似合わなくなったせいもあるんだけど。
月日の流れは生活様式まで大きく変える。さて十年後の自分は何に一番興味を持っているのかしら?あまり早く十年後の自分に会いたくはないけれど、十年後もできれば今のようにどんどん外を飛び跳ねる元気な自分でいたい・・・ |