2005年4月つぶやき・・・


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2005年
4月30日 (土)
 今日は新しいパソコンでHPを更新している。
今朝そのパソコンで一通のメールを打った。キーボードもパソコン画面も何もかも今はしっくりこないけどそのうち慣れるだろう。
 古いパソコンから新しいパソコンに移行するのは手間な事だ。データを移し変えたり、その他こまごました設定を息子がしてくれた。17インチ液晶画面は広く自分のHPの見え方も以前と違う。小さいモニターで見る人のことを考えてHPも更新する必要があることなどもわかった。
 結局パソコンのことなど何も知らない状態であれやこれやしていたのだ。この先10年「パソコン大好き!」と言って触っていても結局わからずじまいなのだろうな・・・
 今度のパソコンはドライブが3つに分かれている。Dドライブを写真専用。Eドライブをビデオ編集専用として使用することになる。処理速度が非常に速い。
4月28日 (木)
“ブログ人気うなぎ上り”・・・
 今日の愛媛新聞朝刊13面の見出しである。今年の1月11日、このつぶやきで初めてブログを取り上げた。その翌月2月9日には娘婿より教わった大人気のブログ『実録鬼嫁日記』を紹介した。あれからわずか数ヶ月、電子メールができる人なら数分で開設できるという手軽さがうけ更に更に大人気となったようだ。ホリエモンのライブドアブログは国内最大級のサイトらしい。アメーバーブログの一番人気『実録鬼嫁日記』は相変わらず壮絶で哀れさを超越して面白い。ライブドアブログの一番人気は堀江貴文社長の『社長日記』。ホリエモンの普段の生活が垣間見えてこれまた親近感を覚える。
 文章を書くのは特別な人・・・そういう時代は過ぎ去った。このshizukagozenさえ毎日つたない文章を披露する恥ずかしさを超越してしまったのだから、国民総作家時代が到来したのかも分からない・・・
 若い人の文章はうまいよ〜〜〜!
4月27日 (水)
☆旅行無料ご招待☆
 一昨日、ホリデーという旅行社から“御当選おめでとうございます”という封書がきた。JR今治駅集合、兵庫の篠山と北野異人館めぐりの日帰り旅行。松茸ご飯食べ放題と牛焼きしゃぶ膳の昼食つき。
 でもこの旅行の応募をした覚えがないので不審がって隅々まで読む。文中に「ワールドプラザ各店をお引き立て賜り・・・」「春の大感謝祭、プレゼントキャンペーン・・・」とも書いてある。頭をひねっていると娘の顔が思い浮かんだ。もしや・・・と思い電話してみると、「そういえば今治のワールドプラザでお母さんと私の名前で応募したことがある」とのこと。娘ははずれ、私の分が当選したらしい。
 当選した私だけが参加すれば無料だが同伴者は10290円負担。土日出発の場合各1500円増し。ここ北条から今治までJR特急利用だと片道1150円。これら合計すれば結局二人で18000円負担ということになる。私一人で平日に参加すれば確かにJRの交通費負担だけで済むが同居人が同行となると一人9000円の旅になる。この金額ならどこの旅行社のツアーにでも好きな場所を選んで参加できる。
 どうせなら“ペアでご招待”というのに当ってみたいものだと考える欲張りな○○である。
☆今治市民の森・フラワーパーク・・・今が見ごろの花をupしました。
4月26日 (火)
 4月に入りMYホームページの最初のページの写真を桜に変更した途端、ヤフーの検索から“ふら〜っと寄り道”が削除された。その他のカテゴリではまだ検索に残っているのでやはりTOPページの変更が原因と思い、今朝再度登録をする。登録はT先生が以前教えてくださった『サーチエンジン一発登録・一発太郎』で行う。1時間ほど時間はかかったが4箇所に何とか登録完了。検索エンジンに取り上げられるかどうか1ヵ月後が楽しみである。システムも分からないまま手順に従って進めていくのも暗闇の中を手探りで進むようで不安なものである。パソコンで楽しんでいるがパソコンにおおいに振り回されて苦しんでいるのも確かである。
4月25日 (月)
☆朧月夜☆
昨夜、帰っていく娘や孫を送って外へ出てみると高縄山頂のちょっと上、うっすらと雲をたなびかせた朧月。“菜の花畑に 入日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし・・・”とおもわず声をだして歌ってしまった。孫達が笑ったが本当に歌いだしたいような朧月。菜の花こそなかったがけだるいような満月の朧月を久々にみた。月齢は16、大潮であった。朧月・・・春の夜のほのかにかすんだ月見てね
4月24日 (日)・・・UAM10:00記
 さきほど朝刊を見て驚いた。昨日のパソコンの異常は私が加入しているウィルス対策ソフト“ウィルスバスター”のせいだった。
※コンピューターウイルス対策会社「トレンドマイクロ」(東京都渋谷区)のソフト「ウイルスバスター」の更新ファイルの不具合により、23日、企業などのパソコンが正常に作動しなくなった問題で、同社は更新ファイルの完成後、不具合をテストしないまま配信していたことが分かった。(読売新聞)

パソコンが重くなったり動かなくなったり(フリーズ状態)の症状がでたらしい。私も昨夜はそれに振り回された。でも今は正常に作動しているのでヤレヤレである。
4月24日 (日)・・・AM6:15記
 昨夜、パソコンをつけてびっくりした。朝は確実に普通に動いていたものが、インターネットを開けようとしてもずーっと準備中。そこで強制終了。再び電源を入れ今度はマイドキュメントを開けると長い時間考えてやっとのおもいで開く。メールを開けても時間がかかり、はたまた受信しようとしたらいつまでも受信中。そこでまた強制終了。3回目電源を入れるとMicrosoftの復元のチェックが再び始まり、パソコンは正常な画面になるのだが、今度はホームページビルダーのソフトを起動させてみたが、これまた待機中のまま。強制終了。もうすぐ新しいパソコンが来るのにそれまでなんとか頑張って!と願いをこめて4回目の挑戦。復元が始まり、やがてインターネットも、メールもその他のものも普通どうり作動しだした。機械モノは一瞬先が闇で怖いねえ!今朝は普通どうりに軽くパソコンも動いている。昨夜のパソコンの重さはなんだったのだろう。皆がいっせいに回線を使っている時間帯のせいだったのだろうかとあれこれ考える。 
4月23日 (土)
 パソコンをさわり始めて間もない頃、松山赤十字病院リウマチセンターのHPを見てゲストブックに書き込みをした。そのHPに同じく書き込みをしていたマリーナさんから初メールがきて驚いたのが3年位前。それからメールでリウマチのことなどいろいろ語り合い、顔も知らぬまま月日が経った。そういう状態もいいのではとお互い思っていた。きのうはそんなマリーナさんと、マリーナさん宅で初対面と相成った。彼女はリウマチになって5年。抗リウマチ薬でムーンフェースになったとご自身は言っていたがきれいな顔立ちの人だった。玄関先でおいとまするはずだったのに、広いおうちの中に通されて、あれやこれやとお話しているとあっという間に2時間以上が経っていた。メールのやり取りでだいたいの家族の事、生活の様子など知っていたので、初めて会ったぎこちなさはなかった。昨夜は彼女宅から頂いてきた山のようなカラオケのレーザ^-ディスクを一枚一枚取り出して眺めていた。歌えそうな曲も沢山あった。我家の長い間眠っていたレーザーディスクデッキも昨夜はフル回転した。
単調な線の横並びと思っていた日常。きのうはその線の中に想い出に残る鮮明な赤い点が付け加えられた。
4月22日 (金)
 お出かけの多いこの季節。お天気マークは晴なのになんとなくグレーの世界。うっとうしい限りである。だが、このグレーの世界は大自然が“霞(かすみ)の衣”をまとっていると考えたら・・・春は空も山も海も花も霞の衣をまとっている。子どもの頃の清々しい空気の中ならロマンチックに素直に霞の衣を感じたかもわからないが、最近のグレーの世界は霞どころか黄砂、はたまた大気汚染なのではと心もややグレー。今日の青空も今イチはっきりしない青空のようだ。関東地方は今日は黄砂とか・・・
※お願い!!
 桜のページに桜に関係する言葉を集めてみました。どんどん追加していきたいと思いますので皆さんの知っている桜にまつわる言葉教えてくださると嬉しいのですが・・・よろしくお願いします。
4月21日 (木)
 昨日は久しぶりの雨。小ぬか雨という優しい雨ではなく叩きつけるような激しい雨。ここ愛媛のさくらの季節の終わりをいやでも認めざるをえなかった。
 昨日はT先生とのお勉強の日。HPの桜の項目も増えてきて、また来年も更に増えることを予測して“桜のページ”を一新する為の下準備をした。先生が帰られた後もあれやこれやと一人で試してみる。
 そんなことをしていると息子が作ってくれるパソコンの新しいモニターが一足早く宅配便で送られてきた。「モニターだけ先に使っているように・・・」と息子に言われていたのでダンボールの中味の一部を取り出すとコードが何本も出てくる。セットアップの説明書とCDまでついている。コードと説明書見ただけで頭がガンガンしてきたのでほっておくと、息子からメッセンジャーでメッセージ。
「届きましたか、モニターの大きさは気にいりましたか?」
「届いたけど説明書読むの面倒だからそのまま箱の中。」
「説明書ぐらい自分で読む努力してください。」
「モニター見たいけど重すぎて箱からよう出さん!」
「そうですね、モニターは6キロありますから、帰ってから私がしましょう。」
ということでメッセンジャー終わり。モニターはまだしっかり梱包されて箱の中だがスピーカーつきの17インチ液晶。値段も高い。パソコンは私の伝えた予算をはるかにオーバーするがオーバーした分は私の誕生日ともうすぐ来る母の日のプレゼントだそうだ。早く、液晶のモニターで私の一眼レフで撮影した写真、見てみたいな!チューナーをつければテレビも見えるそうだ。
息子の帰宅まで後一週間。。。
4月20日 (水)
 パソコンを購入したのが2001年の8月、購入と同時にプロバイダーに加入、メールだけはできたからまあ使い始めて3年と8ヶ月という事にもなる。その当時、娘婿とのメールのやり取りで「その文書、コピーして送ってください。」ときている。???意味が分からないので電話で聞く。「おかあさん、コピー&テイストはパソコンの機能でもっともよく使う便利な機能ですよ。」という事で、コピーして貼りつけることを教わった。当時の冷や汗かきかき四苦八苦していた自分を思い出すと今でも心が苦しい。あの頃から、かれこれ4年も経つとパソコンも私のしたいことに速度がついていけない。一眼レフ800万画素(写真サイズが大きいので当然容量も大きい)の写真の保存もCDでは容量が追いつかなく、結局DVDに保存という事になると、現在使用のパソコンにその機能はついてないし、ビデオ編集したいと思っても最近のビデオカメラの取り込み速度が速すぎて今のでは追いつかないし・・・そこで息子が最新の機能を備えた速度の速いパソコンを作ってくれることに。市価よりは断然安上がりにできるらしい。保証の事など考えるとお店で買うほうがいいのではないかと思案していたが結局彼に依頼した。4月29日には息子の手作りの最新の機能満載のパソコンと入れ代わる事になる。しかし、パソコンも動いてみるまで不安だなあ〜。丸2日間しか滞在しない息子とパソコン三昧となることだろう。
4月19日 (火)
 中国は日本に向けて国民挙げて怒りをぶちまけているし、バチカンでは次期ローマ法王を決めるコンクラベ(失礼!コンクラーベでした)が始まったし、はたまたホリエモンの企業買収だのどうのこうのと世間は騒がしい事だが、それらいっさいどこ吹く風、shizukagozenは昨日もせっせとお花見に行ってきた。
 砥部の友人と友人の隣に住む大正15年生まれのおばあさんを乗せて大洲市八多喜、祇園公園のぼたん桜へと双海の海岸周りで車を走らせる。一人暮らしのおばあさん、車に乗せるなりはしゃいではしゃいで楽しそう。shizukagozenのすべるような車の運転が上手だと誉めそやし、標高55メートルの祇園山頂上へは一番にたどり着き、桜の下にさっさとゴザを敷き、たらいうどん、田楽などすでに注文ずみ。あれよあれよという間に花見の宴? 祇園山のぼたん桜は美しかった。風に花びらも舞いあがり、ぼんぼん提灯もゆ〜らゆら。初対面の80歳前の年金生活者のおばあさんにソフトクリームやおみやげまで買ってもらってすっかりお世話になった一日であった。
4月18日 (月)
 昨日、伊予十三佛参りをしていると春の大祭のお寺が二ヶ寺あった。
 松山市平井の発願の寺・明星院ではお祭りにあわせてカラオケ大会が開かれており、スピーカーから流れ聞こえる歌声はいずれも素人離れした上手さ。露店などもでていつもは閑静なお寺も地元の人で大賑わいであった。
 松山市太山寺町の三番札所・太山寺では60年に一度の御開帳とやらでほっそりとしたご本尊の文殊菩薩様がじっと境内を見つめておられた。60年ぶりに文殊菩薩様がお目にされた屋外の天気は晴天なり。ご本尊さんのお祭りされている後ろ側では三十三観音のお砂踏みもでき、ありがたい日におまいりに行きあわせよかった。
 松山市浄瑠璃町の十番札所・八坂寺は駐車場の一角に不動明王の大きな立像ができており開眼供養直前で顔に白い包帯をまいた姿が異様な雰囲気だった。
 父のための十三佛参りも晴天に恵まれ無事終わり、肩の荷を一つ降ろした。
4月17日 (日)
 今日は亡くなった父のために妹夫婦、叔父夫婦、娘と孫、そして私達夫婦で伊予十三佛さんをおまいりする。毎年秋、母の命日10月2日には十三佛参りをしているが春のお参りは初めてである。4月14日、松山市藤野にある伊予十三佛さんの四番札所である円福寺のそばを車で走ったときは境内の大きなソメイヨシノの木が満開であったが3日後の今日はまだ桜の名残が残っているだろうか。午前9時、皆揃って父のお墓参りをしてお参りに出発する。お昼はだいたい石手寺参道脇の五番札所地蔵院になるので石手寺前の“みよし”という店でおいしい土鍋うどんと名物のおやきを食べるのがお参りの楽しみである。だいたい一周十五ヶ寺を回って里へたどり着くのが5時前、夕食を皆で頂いて解散となる。今夜の夕食場所は里の近所のごくごく親しいカフェレストラン“夢”で簡単にしようと先日妹と話し合った。父の七日ごとの法要の時のオードブルはすべて“夢”のマスターに頼んだ。丹精込めたオードブルは毎回感心した。そういえば“夢”のマスターが私のことを「話しにくい人かと思っていた。」と最初ごろ言っていた。妹が「姉は私以上にさばさばして話しやすいですよ。」と弁明してくれたが、初対面の人は私のことをどうも誤解しやすいようだ。
4月16日 (土)
 昨日は2ヶ月ぶりの日赤松山リウマチセンターの定期検診日。
血液検査の結果、リウマチ反応(CRP)も0.32と比較的落ち着いており(正常値は0.00〜0.18)、コレステロール値なども正常値の中になんとかおさまっており、まずまずの結果であった。毎回検診のおり、金の注射を25ミリ打つのだが、そばについている看護主任さん曰く、「そうとうの量の金が○○さんの体内に入っているね・・・」
 この金剤は体内に1000ミリぐらい蓄積されてはじめて効果を現わす。
 今は2ヶ月に一度の投与だがリウマチ発病当時は毎週通院して金の注射をしていたからあれから17年、計算ができたらすごい金が身体に入っているはず。shizukagozenの体重の増加はすべて金の重みかもしれない。
 担当医に一眼レフデジカメを買ったことを報告。リウマチの話よりカメラの話のほうが長かった。楽しそうですね・・・と先生が一言。そうです、今は一眼レフでの撮影が楽しくって・・・しばらく遊べそう。。。
4月15日 (金)
♪血液型別おみやげの買い方♪
 4月10日の旅行の時のバスガイドさんのお話によると、お土産を買うにも血液型によって特徴があるとか・・・
 O型・・・お土産を買うのが大好きでいっぱい買いまくる。品物選びも早い。
 A型・・・あまりお土産を買わないほうだがO型と一緒だとついつられて買ってしまう。しかしなかなか決められず店内を3周くらいしてやっと決まる。
 B型・・・自分の気に入ったものしか絶対に買わない。しかし気に入ったものがあると値段などお構いなく買う。
 AB型・・・皆がぞろぞろ入る店へは入らない。近くの誰も行かないような店で「それ、どこで買ったの?」と聞かれるような掘り出し物?を買ってくる。
 以上のような特徴があるらしいが、これは当たっていると思う。B型の話を聞いたとき「まさにその通り!」と思った。B型の私はどんなに人に勧められても自分の気に入ったものでないと絶対に買わない。しかし気に入ったものがあるとかなり高価なものでも即決で買う。近所の旅行によく行くO型さんにおみやげの買い方を聞いた。勧められたら気前よくあれもこれもと全部買うそうだ。この血液型別おみやげの買い方当たっているかも・・・O型の妹もtaekoちゃんもお土産を結構買いまくる。生活が裕福だから買うのかな?と思っていたがそうではなく買いたい性格のようだ。
 ☆昨日は近所のO型さんを撮影の助手に引き連れて、伊台の西法寺から奥道後、玉川、朝倉・・・へと花を求めてドライブ
4月14日 (木)
☆大阪造幣局さくらの通り抜け ☆
 560メートルにわたる一方通行の通路両脇に植えられた桜122品種367本。桜は四部咲きという情報だったが珍しい桜が一挙に見られるというのはこの上ない幸せ。ふっくらした蕾をつけた桜は本当に美しく、時代の流れで携帯のカメラを向ける人の多いこと・・・人・人・人・後ろから押し寄せる人で立ち止まることもままならず、あっという間の通り抜け。 通り抜けの帰り道は大川(旧淀川)沿いに歩く。川の両岸はソメイヨシノの桜並木。露店もいっぱい出ていてそのそばを歩くだけで子どものようにワクワクした。
 神戸ホテルオオクラでのちょっとかしこまった洋食の昼食もよかったし、鳴門大橋を見ながらの鯛御膳の夕食もまあまあだったし、3食つきで9800円の日帰りツアーはご近所8人を充分に満足させてくれた。
4月13日 (水)
☆ 花筏(はないかだ) ☆
 昨日の朝は伊台方面から奥道後、そして玉川方面へと桜のドライブに行こうと楽しみに目覚めたのにあいにくの雨、松山地方の満開の桜はこの雨で終わってしまったのだろうか・・・花の雨。さくらの花びらは散りゆく姿まで美しく・・・桜吹雪。水面に舞い散って筏のように流れていく・・・花筏。散りゆく花、散り落ちた花もまた美しいのが桜である。
 
〜散る桜 残る桜も 散る桜〜 良寛さんの時世の句の一つである。
4月12日 (火)
☆ 樽見の大桜と天滝ウォーキング 昨日のつづき ☆
 峰山高原ホテルは温泉ではないが、“風香の湯”という大浴場がある。そこの露天風呂にゆっくり身体を沈め、ジャグジーで「明日もう一日どうぞがんばって!」と足をマッサージする。漆黒の空に手の届きそうな大きな星が輝きを増していた。
 朝6時、カーテンを開けると外は思いがけず深い霧に覆われ、昨夜イルミネーションで飾られていた木がボーっとかすんで浮かび上がっている。幻想的な高原の朝だ。ローカルテレビの天気予報ではここ兵庫県の養父(やぶ)市は晴と雲のマーク、雨の心配はないようだ。
 8時半、バスは出発。霧の中をゆっくりと下りる。山の裾につく頃には日の目も見え始め、いよいよこの日のハイライト、天滝ウォーキング。目的の滝まで1.8キロと昨日の桜より距離は短いがよりハードな山登りらしい。10時15分、歩き始めた当初は皆と一緒だったがやがて前後に人影なし・・・。自分のペースでゆっくりと渓流を楽しみながら登る。岩間の滝、連理の滝、久遠の滝、糸滝、夫婦滝、鼓ヶ滝・・・そしていよいよ険な山道。登りきると目指すは天滝。出発から1時間半。兵庫県下一の滝はすごかった。“天から降りそそぐような・・・”落差98メートルの滝は視界に納まりきらない。滝見台の鉄製の階段を昇り、座り込んで呆然と滝見物。二度と来る事のないだろう滝を頭の中にしっかりと焼きつけ、下山する。カメラのレンズをマクロレンズに付け替え、下山しながら思う存分野草の小さい可愛い花の撮影。3時間たっぷり、終わってみれば充実した山歩きだった。
 今回の旅仲間は、常々山歩きを楽しんでいる人がほとんど。私の並外れて遅い山歩きに驚いた事だろう。お別れするとき「また一緒に行きましょうぞな」とアマチュアカメラマン連中に声をかけてもらった。和製版リチャード・ギアの夫婦も一期一会、名残惜しそうにいつまでも手を振って見送ってくれた。
 不安だったウォーキングの旅。終わってみれば印象深い楽しい思い出となって心に深く刻み込まれていた。
 明日13日は近所の人8人で大阪造幣局の桜の通り抜けのツアーに参加する。桜の季節はやっぱり楽しいことが目白押し・・・
4月11日 (月)
☆ 樽見の大桜と天滝ウォーキング 4/9・10 ☆
 心配していた天候は同居人のおおせの通り日が振る状態で、用意した雨合羽も傘も必要なし。今回のウォーキングの旅は私の国内の旅の中でも5本の指の中に入るくらい充実した、また印象に残る旅となった。
 歩く事を前提とした旅行に参加すること事態初めてで、左足底にそうとうな不安を抱えてのウォーキング。私にとったら一世一代の決意をしての参加だった。
 4月9日、『樽見の大桜』の駐車場につく頃には不安のあまり胃が重苦しくなり吐き気をもよおすという生まれて始めての経験までする始末。33名の参加者を見回すと大方の人が私より年長者。革靴を履き背広を着た80歳くらいのおじいさんまで居る。桜の案内人の方も70歳はゆうに過ぎている。これなら私も大丈夫だろうと少々安心。だが、いざ出発してみると案内人の歩く速度も速く、それについて行く皆の足どりの元気で速い事。いつの間にか全員の姿を見失った。それでも何とか2キロ歩く。残り400メートル。そこからが本格的な杉林の中の山道。「もう駄目!」と何度も思いながらも重い足を引きずる。視界が急に開け見上げると目的の大桜が・・・そこで一旦立ち止まりカメラを出して上を向いて構えはしたものの、足元がふらふらし目が回りそうに。異様に呼吸も苦しい。同居人が「酸欠になっとる。何度も深呼吸をせい。」とアドバイス。今振り返れば馬鹿げたような話だが、あまりにも急な山道のため息をつめ身体全体に力を入れて登っていたため酸欠になりかけていたらしい。
 樹齢1000年のエドヒガンザクラは日当たりのいい場所はほぼ満開状態に開花していたが半分はまだ蕾状態だった。2時間30分とたっぷりの桜の時間をとってくれていたお陰でなんとか無事、仙人のような桜にあえた事、感極まったのは言うまでもない。
 その晩の泊まりは峰山高原ホテル・りラクシア。平成15年5月にオープンしたばかりの標高900メートルのところにある真新しい高原リゾートホテル。オリエンタル風のインテリアで統一されたこじんまりとした素晴らしいホテルだ。案内された部屋はデラックスルーム。広い部屋には大型のオリエンタルな応接セットそれにベッド。テレビも大型フラットテレビ。茶器も何もかも部屋にあるものすべて洗練され、ホテル側のこだわりが伺われる。
 午後7時からのお楽しみの夕食はレストランで。テーブルに案内されて同席のカップルの男性の顔を見てドキドキした。なんと和製版リチャード・ギア。上品で甘いマスク。ちょっとドギマギしながら、気恥ずかしい初対面カップルのぎこちない食事が始まった。お互いどうも同年代らしい。最初は遠慮がちだったがものの5分も経たないうちにおしゃべりし始め、話がはずんではずんでにぎやかな事。リチャード・ギアの出身地は五島列島。奥さんは有田。転勤で愛媛が長くなりとうとう愛媛にマイホームも構えた。夫婦で山登りしている事。五島列島では素もぐりで鮑、サザエを採った事。5月の連休は母親の看病で五島列島へ帰ること・・・話に夢中になっていると時間は9時、見わたせば私達がレストラン最後の客になっていた。明日に続く・・・
4月9日 (土)
今日と明日、兵庫県養父市大屋町へ樽見の大桜(樹齢1000年、エドヒガンザクラ)と天滝を見に行く。桜,、滝とも山歩きが往復2時間あるので同居人に「せっかく行くのに桜が咲いてなかったらどうしよう。雨が降ったらどうしよう。」なんてこぼしていると同居人曰く、「お母さんが行くのにそんなことはないだろう。桜は咲いているし、雨どころか陽が降るぞ!」とのおおせ。おまけに「おおぶねに乗っとるよ。」
あんまり私に過大な期待をかけられても自信がないなあ〜
いくらshizukagozen様が参上仕るといっても雨が振るときは雨が降るし、桜も驚いて蕾を爆発させたりしないだろう。
というような事で今日は午前6時20分に我が家を出発する。
4月8日 (金)
昨日は月一の砥部の美容室の帰り、車でわずか5分ほどのところにある天然記念物、砥部の衝上断層へ桜の撮影に寄る。桜も菜の花も満開で吊り橋も断層に注ぐ川も一昨年撮影に来たときと同じ。違うのは今回はマイカメラが本格的な一眼レフデジカメ。あいにく午前中は曇天で風も強く桜の花は枝ごと揺れ回っていた。出来上がった写真は全部被写体揺れだろうなと思いながらもマクロレンズをつけそれぞれの桜を角度を変えながら何枚もアップで撮影。3種類の桜は撮り応えがあった。ベンチに座りレンズを標準レンズに交換し、全景の撮影も。標準レンズでもある程度マクロ撮影できるので花に近づきその練習も。自宅へ帰ってからパソコンで写真を見る。風に揺れる花びらを撮影したものだからあまり期待はしてなかったが思ったほどブレも少なく、背景がきれいにボケて被写体の桜の花が大きく浮き出た写真をうっとりしながら17インチの全画面で何度もスライドショーで見てみる。こんな素人写真で自画自賛していたのでは進歩がないと厳しくチェックしてみるがやっぱり浮き出るような写真は美しい。夜、同居人に写真を見てもらう。どの写真もイマイチ!と厳しいご批判。「気に入ったのを何枚かプリントしてみいや」とのお言葉に早速A4にプリントアウト。相当期待していたのにプリントした写真は画面の素敵な写真とは似て否なるもの。薄墨のような品の良い背景までぼてっと濃い色がついている。プリントのできにあまりにもガッカリしたので昨夜は気落ちして早々に寝た。今朝、このつぶやきを書きながら考えついたのだが 『キャノンのカメラにはキャノンのプリンター』 今度カメラ屋へ寄って研究してみよう。ということでとりあえず頭の中で一件落着!
さて、今日は4月8日。孫の小学入学式である。道後小学校は新一年生が125名もいて5クラスあるそうだ。校長先生も新任の校長で偶然にも妹の友人のご主人さんだとか。校長の苗字はひーちゃんと同じ、名前は妹の旦那と同じ。聞いたときから覚えやすくて笑ってしまった。
先日孫が来たとき「次に会うときは小学生だね、小学生になる前にばあちゃんがぎゅーしたげる」といって抱きしめておいた。
4月7日 (木)
☆目からうろこの分かれ道☆
美空ひばりさんの歌ではないけれど、知らず知らず歩いてきた細く長いこの道。紆余曲折、杣道、崖道、泥んこ道。こんな厳しい道を歩くはずではなかった。
もしあの時あちらの道を選んでおけば・・・
なんてひょっと考え出すと際限がなくて・・・
ひょこっと訪ねてきた友人が言った。「今まで歩いてきた道はその人にとって一番いい道を選んでいるんだって・・・」???
今私の歩んでいる道が最高の選択をした結果だって!?
まあそのように考えでもしなければ過ぎてしまった分かれ道には引き返すこともできないのだから彼女の言うようにいいほうの道を選んできたと考えよう。そう考えると今の自分を納得させる事ができそうだ。
たとえ受験に失敗しようとも、結婚相手に選んだのが2番目に好きな人であっても、何も苦にする事はないのだ。それがその人にとって最良の道だと思えば・・・
残りの人生は花道をまっしぐら・・・と行きたいところだが、私の人生は迷い道、そして寄り道ばかり。。。
4月6日 (水)
昨日はお花見に出かけた。もうすぐ春休みも終わる孫達と遊びたくて召集。
ここら風早地方(旧北条市の呼称でかざはやと読む)は名前のように強風が吹き荒れてお花見どころではなかったのでどこかへ逃げ出す事に・・・道後公園と反対方面へ・・ということで今治市の大西町の藤山健康文化公園へ行く。
大きな桜の木の下に敷物を敷き頭上に広がる桜の花と青空を存分に楽しんだ。孫達はサッカーをして興じ私は桜の花に包まれて昼寝。
あっという間に3時間以上の時間が経っていた。
夜のローカルニュースを見ていた同居人が「道後公園で行われたパク・ヨンハのコンサートすべてをお見せします・・・」のアナウンサーの一言を聞きつけ台所で夕食の片づけをしている娘と私を呼んでくれた。大急ぎでテレビの前に釘づけ!前日の午後2時ごろから泊り込みで並んだ横浜の女性を先頭にヨンハファンがずら〜っと並んでヨンハ出現を待っている。期待に胸膨らませた顔・顔!コンサートが始まってますます興奮の度を増す顔!そんな光景をテレビの前で口をぽかんと開けて見つめる自分。パク・ヨンハは大好きだが自分はあの熱気の中に身を置くバイタリティーがない。
あんな風に夢中になる熱気が自分にも欲しいな・・・
娘の友人も早朝から並んだそうだし、私の知っている人もコンサートに行った様子。ナイスガイだったとメールをいただいた。
4月5日 (火)
花明かり・・・
きのうは花見の節句だというのに高縄山頂は午前中うっすらと雪をかぶっていた。雪の高縄山を見ると震え上がりそうだったが、松山の平地では桜がちらほら咲き始めた。桜の蕾が沢山あるお節句も珍しい。今日は昨日に比べて日中の気温が4度ほど高くなるらしいから蕾も一挙にはじけるだろうか!
花明かり・・・桜の花が満開で、暗闇の中でも桜の周りがほんのりと明るいこと
多くを語らずともその人がいるだけで辺りがほんのりと明るくなる花明かりのような人、いますね。できることならshizukagozenもそのような人を目指したいのだが何分多くを語りたいタイプの人間なもので花明かりのようにほんのりと明るく上品には生きられそうにない。だからこそ、こういうきれいな言葉の表現に憧れるのだろうか?
4月4日 (月)
50名近くの人が集まってくれ父の49日の法要が終わった。七日ごとの法要もきちんとこなし、49日までには新彼岸などもあり、滞りなく一連の行事をこなした妹夫婦には「ご苦労様!」と声をかけてあげたい。一人の人間をあの世に送り出すと言う事は私も同居人の父親で経験があるが並大抵の事ではない。昨夜は夫婦そろってほっとした事だろう。特に妹は父の発病のときから7ヶ月あまり、気を抜く事さえできなかったと思う。新盆まではしばらく時間があるのでゆっくり身体を休めて欲しい。
きのうおっさんは「故人を思い出してあげることが一番の供養です。」とおっしゃられていたが、自分流の生き方を通し、誰にでも優しかった父の生き様、人柄は私達子や孫、ひ孫、そして甥や姪、父を取り囲む沢山の友人たちの心の中に深くとどまり、度々思い出してもらえることだろう。
大正10年生まれ・・・気骨と遊び心を備えたキップのよい素敵な男性が昨日は極楽の地を踏んだ。
父の生き方そのものがドラマチックだった!
4月3日 (日)
きょうは父の49日の法要。
2月14日に亡くなってからあっという間に49日が経った。
今日は我が妹の作るお供えのお団子について書いてみたい。平成7年に母が亡くなった時、妹は初めてお供えのお団子を作った。お皿にラップを敷き一番下の段に10個で三角形をつくりその上にピラミッド型に団子を並べていく。それを蒸し器に入れて蒸す(最近はレンジでチンしているらしいが)。仏壇に一対で40個。そのほかにお墓用とお墓の六地蔵さん用。毎月命日、お彼岸、お盆と欠かすことなく作り続けている。そんな妹を見て生前の父は「ばあちゃん(私のははのこと)はええのう。毎月こうやってきれいにお祭りしてもらって」と言っていたらしい。「じいちゃんが死んでも同じようにしてあげるよ。」その約束どおり父の葬儀の翌日から妹は毎日49日間お団子とお料供膳を作り続けている。10年の大ベテランの妹の作るお団子はどの角度から見ても正確な三角錐。その見事さには我が妹ながら感心しっぱなしである。私もかなり上手にお団子は作れるが妹にはとうてい及ばない。妹はこれからも毎月2日と14日の両親の月命日にはお団子とお料供膳(二の膳も作っている)を作り続けることだろう。父も母と同じようにきちんとお祭りしてもらって喜んでいるはず。
最近は三角錐に積み上げたお団子をレンジでチンして簡単に作るようだが、私の経験上やはり蒸し器で蒸したほうがお団子は芯まで火が通り俄然、おいしそうに透明にツヤツヤと艶を増す。蒸しすぎるとお団子が崩れそうになるので蒸し時間には結構気をつけないといけないが・・・
4月2日 (土)
昨日4月1日、愛媛県に新しい市町村、新伊予市と新伊方町が2つ誕生した。愛媛は2003年度は70市町村あったのだが今年の8月の宇和島方面の合併で20市町となる。村はなくなるわけだ。県下の道路を走っていても交通標識が新市町名で記されているので「ここは以前は○○町だった・・」などといちいち考えながら走っている。私の住んでいる市も今年1月松山市と合併したがまだ住所を書くとき慣れないのでいちいち頭の中で確認している。
30年ほど前国営の事業が民営化し、NTTとかJTとかJRとかに名前が変わり、これらもしばらく慣れなかったが今は当たり前のように使っているからそのうち新市町名もすんなり使えるようになるだろう。
市町村の合併は私達にとってはまだ身近な話題でそのうち頭の中に浸透してくるだろうが一向になじめないのが都市銀行の合併後の名前である。どことどこの銀行が合併して○○銀行・・・むつかしいねえ。それもコロコロ合併するものだから何が何やら。松山の千舟町通りにある宝くじを売っている第一勧業銀行はいまはみずほ銀行になっているし・・・愛媛は都市銀行の支店が少ないから余計に分かりにくいしなじめない。
4月1日 (金)
四月朔日(わたぬき)・・・朔日とは一日のこと。陰暦四月一日を昔は綿入れの着物の綿を抜き衣替えすると言う意味でわたぬきと言ったらしい。私のHPもこれから開花する桜に想いを込めて衣替えしてみた。
学校に、また職場にと夢膨らませ新しい生活に沢山の人が足を踏み入れる身の引き締まる月の始まり・・・。私も4月15日まで4日間を除き予定がしっかり入っている。うきうきするような予定も沢山・・・。
今日は朝一で眼科に行って花粉症のアレルギー眼薬をもらってこよう。先日買った市販の目薬が昨日は効きが悪くってどうにもならないのだ。赤目にかゆみでは外へお出かけしても楽しさ半減。やっと眼科に行く決心がついた。
日中は父の法要のために帰ってくる息子の部屋の掃除・・・
同居人は今日は帰りが遅いらしいから夕食作りもなし。
四月一日(エイプリルフール)はかつては友達に嘘をついておおいに楽しんでいたが、気軽に嘘をついて楽しむ相手が今は周りにいないことにふと気づく!エイプリルフールではしゃぐ自分はとっくの昔に消えていた・・・